中村天風『運命を拓く 天風瞑想録』


心の運用で人生は良くも悪くもなる
 自分の命の中に与えられた、力の法則というものを、正しく理解して人生に活きる人は、限りない強さと、歓喜と、沈着と、平和とを、作ろうと思わなくても出来上がるようになっている。心の運用を良くしたり、悪くしたりすることによって、人間の人生は、良くもなり、悪くもなる。
 「人間の心で行う思考は、人生の一切を創る」
 この法則を厳として自覚し、常に、この法則を乱さないように活きるならば、人生は、期せずして、大きな調和のもとに満たされる。

「甦りの誦句」
 我は今、力と勇気と信念とをもって甦り、新しき元気をもって、正しい人間としての本領発揮と、その本分の実践に向かわんとするのである。
 我はまた、わが日々の仕事に、溢れる熱と誠をもって赴く。
 我はまた、喜びと感謝に満たされて進み行かん。
 一切の希望、一切の目的は、厳粛に正しいものをもって標準として定めよう。
 そして、恒に明るく朗らかに統一道を実践し、ひたむきに、人の世のために役立つ自己を完成することに、努力しよう。


自分は力の結晶だ
 およそ人間として完全な活き方をするには、本当に心を積極的にしなければいけない。  心が積極か、消極かという態度に応じて、その人生を良くも悪くもする。
 きょうからは、たとえ人生にどんなことがあっても、自分は力の結晶だ、という正しい悟りで健康上の問題や運命上の問題を乗り越えて行かなければならない。いつも、「清く、尊く、強く、正しく」という積極的態度で終始しなければならない。そうすれば、自分でも不思議なほど、元気というものが湧き出してくる。

「力の誦句」
 私は、力だ。力の結晶だ。何ものにも打ち克つ力の結晶だ。だから何ものにも負けないのだ。病にも、運命にも、否、あらゆるすべてのものに打ち克つ力だ。そうだ! 強い、強い力の結晶だ。


苦難や苦痛を喜びと感謝に振り替える
 天風哲学の根本的な考え方は、「この世の中は、苦しいものでも悩ましいものでもない。この世は、本質的に楽しい、嬉しい、そして調和した美しい世界なのである」ということである。
 天風哲学は、たとえ人生に苦難や苦痛はあろうとも、それを心の力で喜びと感謝に振り替えていく。心が積極的になれば、振り替えることが出来る。
 「いかなる場合にも常に積極的な心構えを保持して、堂々と人生を活きる」・・・ここに最重点が置かれている。

蒔いた種のとおり花が咲く
 およそ人生には、人生を厳格に支配している一つの法則がある。それは原因結果の法則である。すなわち、「蒔いた種のとおり花が咲く」。それは人生におけるあらゆる悲劇、あらゆる喜劇を生み出す秘密の手箱である。それを知って巧みに使う者の人生は、自由と自在とを得て、いつも理想的な生き甲斐のあるものになる。

「人間本質自覚の誦句」(抄)
 人の心の奥には、潜在勢力という驚くべき絶大なる力が、常に人の一切を建設せんと その潜在意識の中に待ち構えて居るが故に、如何なる場合においても 心を虚に 気を平にして、一意専心この力の躍動を促進せざるべからず。


勇気づけ、喜びを与える言葉で語る
 私はいつも言う。お互いに勇気づける言葉、喜びを与える言葉というような積極的な言葉を使う人が多くなれば、この世は期せずして、もっともっと美しい平和な世界になる。国家社会の改善は、設備や制度の改革のみでは相対的である。絶対的なものは、人々の心でのみ創られる。

「言葉の誦句」(抄)
 私は今後かりそめにも、吾が舌に悪を語らせまい。
 同時に今後私は 最早自分の境遇や仕事を、消極的な言語や 悲観的な言語で、批判する様な言葉は使うまい。
 終始 楽観と歓喜と、輝やく希望と溌剌たる勇気と、平和に満ちた言葉でのみ活きよう。


信念は人生の羅針盤
 現代の人間は、良いことを聞いても、良いなあと思って感激をしても、それが、本当に自分の心のものにならないのは、心の中に大事な信念というものが、知らず知らずのうちに欠如しているからなのである。信念の力というのは、実に諸事万事を完全にする根本的な要素である。

「信念の誦句」(抄)
 信念 それは人生を動かす羅針盤のごとき尊いものである。
 従って 信念なき人生は、丁度長途の航海の出来ないボロ船のようなものである。かるが故に 私は真理に対してはいつも純真な気持で信じよう。否 信ずることに努力しよう。


苦を楽しむ積極的な境涯に活きる
 天風教義の目的は、どんな場合にも、いつも一切に対して、その心の力で苦を楽しむの境涯に活きる活き方をすることにある。
 それには、何をおいても、人生に対する考え方を根本的に、積極的に変えなければいけない。そして積極的とは尊く、強く、正しく、清く、ということである。

自分の心ですべてを幸福にしてしまえ
 本当の幸福とは、自分の心が感じている、平安な状態をいう。いくら心身統一法を何十年やっても、幸福は向こうから飛び込んで来るのではない。自分の心が、幸福を呼ばなければ、幸福は来やしない。
 感じるのは心だ。だからあなたがたも、自分の心で、すべてのことを幸福にしてしまいなさい。忘れてはならない私の厳重な注意は、「できるだけ平素、幸福の方面から人生を考えよ」ということである。

歓喜と感謝の世界には、悲哀も不満もない
 常に、感謝と歓喜とを心から失わないようにしよう。そして自分の心なのだから積極的に心が変わっていくように真剣に自分の心を焼き直さなければいけない。
 そうすると、自然に人生に光明がひらめいてくる。光が閃けば、闇は消える。歓喜の世界に悲哀はない、感謝の世界に不満はない。

「座右箴言」(抄)
 私は最早何事をも怖れまい。今日からは如何なる事があっても、又如何なる事に対しても、かりにも消極的な否定的な言動を夢にも口にするまい また行うまい。そしていつも積極的で肯定的の態度を崩さぬよう努力しよう。
 同時に 常に心をして思考せしむることは、人の強さと 真と 善と 美のみであるよう心がけよう。  たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩ますまい。否一切の苦しみをも、なおたのしみとなすの強さを心にもたせよう。


この世で恐ろしいものは真理と・・・
 この世の中にあるものの中で、一番恐ろしいものを教えてあげよう。二つある。真理が一番恐ろしい。これはもうどうすることもできない。第二に恐ろしいのは、そういうことを考えないで、ただ無闇に怖れる自分の心が恐ろしい。

勇気を通じて“虚心平気”の境地へ
 人生修養の最彼岸点は、いつも勇気の溌剌たるものがなければいけない。わかりやすく言えば、どんな場合にも、虚心平気の状態でいるのが、溌剌たる勇気の状態なのだ。勇気を常に心から落とさない心がけで人生を活きると、人生何事に直面した場合でも、虚心平気の状態で、それに応接することができるようになる。つまり、勇気というものが、虚心平気という大境涯に入る経路なのである。

「一念不動の誦句」(抄)
 私は 私の求むる処のものを、最も正しい事柄の中に定めよう。
 そして、それをどんな事があっても、動かざること山のごとき盤石の信念と、脈々として流れ尽きざるあの長い川のごとく、一貫不断の熱烈なる誠をもって、その事柄の実現するまで些かも変更することなしに、日々 刻々 ハッキリと心の中に怠りなく連想して行こう。

 私の心は今絶対に積極である。おゝそうだ、私の心は勇気と信念とで満ち満ちて居る。従って私の考え 私の言葉、それは何れも颯爽として いつも正義である。だから 私には人生のあらゆる場面に奮闘し得る 強い強い力が溢れて居るのだ。
 そして私の人生はどんな人の世の荒波に脅かされても、あの大岩の上に屹然として立つ灯台のように、平静と 沈着と 平和と 光明とに 輝き閃いて居るのだ。


修道大悟の誦句(抄)
 顧みれば、転々として人生の悶えと悩みに苦しみしこと幾年月!! 
 今や、われここに、無明の迷いより覚め、自覚更正の大道に入るの関門に立ち、心眼すでに開けて行手に栄光繚乱たる人生を望み得し今日、吾が心はただひたすらに、言い能わざるの 限りなき欣びに勇みたつ。
 されば・・・再び人生無自覚の過ちを繰り返さざらんがために、厳かに反省の鞭を手にし、ひたむきに向上の一路へと颯爽と邁進し、吾等の住むこの世界に、誠と、愛と、平和に活きんとする人の数を多からしむるべく、吾先ずその模範の人とならんことを、自ら、自らの心に、厳として誓わん。


本物を読みたい 一般の本屋さんで入手しにくい場合は下記へ
『運命を拓く 天風瞑想録』 講談社http://www.kodansha.co.jp/
『天風誦句集(一)』 財団法人天風会http://www.tempukai.or.jp/
主なネット書店



(c)copyright NPO ライフマネジメントセンター All rights reserved